いまや「日本脱出」がエリートの合言葉に!?”高度人材大移動の時代”到来の衝撃

超優秀な留学生を青田刈りする国・シンガポール

 高校生の春奈(仮名)は15歳のとき、たったひとりでシンガポールに渡った。以来、ホームステイしながら、現地のインターナショナルスクールに通っている。そんな頑張り屋さんの彼女もいよいよ受験生だ。

 とりあえず、いくつかの大学を訪問してみた。そのうちのひとつが、”シンガポールの東工大”といわれるNTU (Nanyang Technological University:南洋工科大学)。留学生の合格率はわずか8~9%。中国、インド、マレーシア――アジア中の秀才たちが集まってくる。NUS(National University of Singapore:シンガポール国立大学)やSMU(Singapore Management University:シンガポール経営大学)などと並ぶ超難関校だ。

 いったい学費はどのくらいかかるんだろう?

「通常なら、留学生の学費は年間200万円ほど。でも、政府が学費援助してくれるので、その半分で済むんです」

 こう語るパク・スックチャさんは、日本生まれで韓国籍を持つビジネスウーマンだ。ダイバーシティ(多様性)とワークライフバランスの企業コンサルタントとして幅広い活動をしており、多数の著書を持つ。

「ただし、政府の援助を受けるためには、『卒業後3年間はシンガポールの企業で働く』のが条件。3大学に入学するほとんどの留学生はこれを受け入れ、卒業後はシンガポール企業に就職していきます。狭き門を潜り抜けた超優秀な留学生を大学入学の時点で確保している、というわけですね」

 パクさんは『恐れ入った』と言いたげに、首を振った。

「このままだと、日本は20年経っても彼らに追いつけないわ」

「高度人材」だけ確保するシンガポール政府の巧みな戦略

 シンガポール政府が今年1月に公表した「人口白書」の予測によれば、国内の生産年齢人口は2020年を境に減少に向かう。合計特殊出生率は1.2で、日本の1.39を下回る。

 ところが、白書が示す2030年のシンガポールの人口は最大690万人。このまま少子化が改善されなければ、どう考えてもこの数字にはなりっこない。つまりシンガポール政府は、国民の人口減少で不足する労働力を、外国人人材で補おうと考えているってこと。

 なにしろ、シンガポールの国土はかなり狭い。東京23区とほぼ同じくらいだ。したがって、天然資源もない。水だってお隣のマレーシアから供給してもらっている。彼らにとって、「人材」こそ唯一の資源なんだ。1965年の独立開国以来、多くの外国人たちを受け入れてきた。

 とはいえ、「外国人なら誰でも大歓迎!」というわけじゃないよ。同じ外国人人材でも、「PMET」(専門職者・管理職・エグゼクティブ・技術者)を、「マニュアル・ワーカー(未熟練労働者)」と区別し、より優遇している。

 PMETたちに発給されるのは、「Eパス(エンプロイメント・パス)」と呼ばれる就労ビザだ。Eパスを持っている人には、基本的にいろいろな特典が与えられる。たとえば永住権(PR)も取得しやすくなる。会社を辞めた場合も「個人Eパス」を持っていれば、そのままシンガポールで暮らしつつ、現地で転職活動できる。

 さらに彼らもまた、職種や能力によって細かくレベル分けされている。政府が確保したいのは、より能力の高い「高度人材」だ。

 PMETの中でも能力が高いとされるのは、「Pパス」を持っている人々。Pパスは専門家や管理職などの高度人材に与えられる就労ビザで、月収によって2ランクに分かれている。

 次のレベルのQパスは技能労働者・技術者向けで、Pパスと同じくQ1、Q2の2ランクがある。Sパスはその他の労働者が対象。月収や学歴・専門技能・職種・経験年数などを審査したうえで、発給されるかどうかが決められる仕組みだ。

 一方、マニュアル・ワーカーに与えられるのはWPという就労ビザ。雇用人数と対象国籍が業種別に決められており、雇用する企業には保証金や雇用税の支払いが義務付けられる。国内の人材でまかなえる単純労働は自国民に回さないと、街が失業者であふれてしまうからね。

 おまけにシンガポールの労働法では、解雇は自由だし最低賃金の定めもない。立場の弱い労働者にとって、かなり不利な環境といえるだろう。

 じゃあ、PMETなら安心して働き続けられるかといえば、そうでもない。

 国の移民政策に目下、国民の不満はつのる一方。その動静を警戒視する政府は、最近、外国人の就労ビザの発給条件をより厳しくしている。QパスやSパスも例外ではない。

「必要な時、必要な外国人を、必要なだけ活用する」。シンガポールの外国人人材の質と量は、政府の巧みな戦略によってつねにコントロールされているんだ。

「日本にいてはいけない」が合言葉!?アジアのハブを目指すエリートたち

 一般の外国人については入国制限を行っても、きわめて優秀な”スーパー高度外国人材”となると話は別だ。

 遺伝子研究で著名な伊藤嘉明氏が、京都大学の退官後、シンガポールの一大研究複合施設「バイオポリス」に引き抜かれたのは有名な話。政府もヘッドハンティング会社も、トップ人材を虎視眈々(こしたんたん)と狙っている。

「実際、エース級のビジネスパーソンが世界中からシンガポールに集まってきています。アジア、米国、ヨーロッパ――日本も例外ではありません」。

 こう明かすのは、現地に赴任中の三井住友銀行 シニア・グローバル・マーケッツ・アナリスト 岡川聡さん。

「外資系企業だけでなく、日系企業からの転職組もいます。アジアのマネジメントの中心は、東京から上海、さらにシンガポールへと移り変わっている。M&Aなどの取引や企業の新規進出、新規事業も盛んです。彼らにふさわしいポストがこの街に集中しているのですから、優秀な人材が集まるのも当然でしょう」

 狭い国土ゆえの地の利も、多忙なエリートたちには魅力。官庁だろうが、空港だろうが、タクシーを走らせればどこでもあっという間に着く。個人所得税やキャピタルゲイン税(株式、土地などを売却するとき支払う税金)などの税制面も、日本に比べてダンゼンお得だ。

 さらに、岡川さんはこう続ける。

「弁護士、会計士、税理士など、サムライ業の間では『日本にいてはいけない』が合言葉。シンガポールはアジアにおける交通、金融のハブ(ネットワークの中心)ですが、今や法務、財務の世界でもハブ化しつつある。アジアで最先端の法務、財務に触れ、キャリア形成をしなければ未来がないことを、彼らは知っているのです。

 その他のホワイトカラーたちも同じ思いなのでは。ここには日本では得られない英語情報やビジネスチャンス、リスクマネー(危険も大きいが、成功すれば高収益が得られる投資)があふれています。優秀な人材がネットワークを作り、ダイナミックなビジネスがどんどん展開されていく――。スーパー高度人材がシンガポールを目指すのは、『まさに今、ここにスーパー高度人材が集まっているから』なのです」

「日本的雇用」「日本の大学」にそっぽ向く世界のスーパー高度人材

 収入、地位、成長のチャンス、挑戦心を掻き立てるビッグプロジェクト。あらゆる仕掛けを駆使して、スーパー高度人材を狩り続けるシンガポール。

 かたや、早くも人口減少社会に突入した日本はどうなんだろう?

 まずはデータを見てみよう。2012年10月末現在、外国人労働者数は約68万人。このうち、専門的・技術的分野の在留資格を持つ高度外国人材はおよそ12.4万人(厚生労働省調べ)だ。なお、2007年の厚労省の調べによると、大企業100社で働く高度外国人材はわずか1000人に1人の割合だった。

 グローバル競争の舞台では、多様な情報、スキル、価値観を持った人たちが知恵を出し合って戦わないと勝ち目がない。しかも人口減少で国内の消費者は今後、どんどん減っていく。日本人による日本的なやり方で、世界に通用する商品やサービスを生み出せるんだろうか?

 高度外国人材の受け入れを促そうと、国は昨年5月から「高度人材に対するポイント制による出入国管理上の優遇制度」を導入した。学歴や職歴、収入などをポイントで評価し、合計70点以上の外国人を優遇する、という内容だよ。

 留学生も増やそうとしている。2008年に発表された『留学生30万人計画』では、当時約14万人だった留学生を、2020年には30万人に増やす、としている。

 これにともない、英語による授業のみで学位が取得できるコースを増設。現在、有名国公私立の13大学で合計約300コースを備えている。留学生の卒業後の就職活動期間も最長180日から1年に延長した。

 さて、その成果は――。

 計画の進捗状況は、どうもはかばかしくないみたいだ。2003年5月現在の留学生数は、13.7万人。30万人には遠く及んでいない。

 前出のパクさんは、「優秀なアジアの留学生の目線は、米国や英国を向いています。オックスフォード大学やハーバード大学に行けば、世界中のトップエリートたちとのネットワークができる。ところが、日本の大学では望むべくもありません」と解説する。

 さらに、たとえ留学生を30万人受け入れられたとしても、彼らが日本企業に就職してくれるとは限らないのでは、とパクさん。

「海外では優秀な人ほど能力主義を好む。年功序列による昇進の遅れ、成果に基づかない評価を嫌う高度外国人材は多いはずです」

 転職しづらい、流動性の低い労働市場も嫌われる一因だろう。あくまで新卒一括採用が王道の日本。いろいろな会社でキャリアを積み専門性を磨くどころか、レールを外れるとなかなか再チャレンジできないのが現状だ。海外の優秀な学生が日本の大学を選ばないのもうなずける。

 世界中で始まったエリートの争奪戦。ライバルはもちろん、シンガポールだけではない。ポイント制によって外国人材を階層分けし、より優秀な人材を優遇するイギリス。特別な専門知識や卓越した地位を持つエンジニア、技術者、研究者たちに無期限の定住許可を与えるドイツ。専門分野に応じ、高度外国人材に「ゴールドカード」「ITカード」「サイエンスカード」を発給、ビザの有効期限を延長する韓国。

 より魅力のある国、都市へ、国籍を問わず才能が集中する「高度人材大移動の時代」。君たちが大人になる頃、元気な日本であり続けるためにも、企業や大学は大きな変革を迫られているのかもしれないね。

ダイヤモンド・オンライン


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