雇用を創出するための国際標準化

 先日国際電気標準会議(IEC)の温室効果ガス関連規格の根回しでTC111(電気・電子機器、システム の環境規格)委員会の議長として欧州の数カ国を回ってきた。

 ドイツの国内委員会との対談で印象的だったのは、ドイツを代表するある超大手企業の国際エキスパートだった人が、「経費節減の一環としての会社の方針で今年から、当社からは誰も環境分野の国際標準化に参加することはできなくなった。海外よりも社内で環境対策に専念するように言われた」とのサプライズを宣言されたことだ。

 さらに同じくドイツの別の企業は、「一部の環境規格活動には参加できるが、Business Relevance(商売との関連性)が高い環境規格にのみ参加を許される」とのことであった。具体的には法規制に対応する規格のみという意味である。世界中の経済の回復が思わしくない現状においては、ますますBusiness Relevanceはキーワードになってくるだろうと、議長としても今後の方向性を決定する上で肝に銘じなければならないと感じた。

世界のスマートシティを調査したISOの報告書

 これまで、IECや国際標準化機構(ISO)において自らが関わってきた環境配慮製品、温室効果ガス貢献量、あるいはスマートシティーの標準化に関して国際標準化の裏舞台での駆け引きの一端をご紹介してきた。

 昨年から開始したスマートコミュニティーインフラの標準化委員会(ISO TC 268/SC1、Smart Community Infrastructures)は順調に進んでいる。最初の技術報告書ISO TR 37150の原稿がほぼ出来上がり、夏休み前には各国投票にかけるつもりである。この技術報告書は各国のスマートシティーに関する現存するプロジェクトやコンセプトを150種類くらい調査し、その結果をまとめるとともに、ISOとしての考察を加え、今後の方向性を示すレポートである。したがって、いわゆる規格らしいものは次に出る文書からとなる。

 筆者がまず厳格な規格ではなく、技術報告書から始めたのは、各国の代表とのチームワークを築くことが狙いだった。厳格な規格は「Harmonization」という言葉に代表されるように、世界で1つの合意に達しなければならない。しかし、ISO TC 268/SC1のように始まったばかりの規格委員会においては、各国が異なった主張を繰り返すばかりで譲歩することが難しいのが常だ。

 まずは1つの合意に向かって互いに譲りあう雰囲気を作ること、つまり異なる国から派遣された人々が互いに仲間として打ち解けるように導くことが議長の最初の仕事である。筆者の経験では、そのために、技術報告書(Technical Report)という、様々な考えなり方法論を併記できる文書を皆で力を合わせて作ることから始めるのが大変効果的である。

 世界各国の違いと類似点を皆で確認し合うことによって、相互の理解が深まる。また人間としての信頼感が醸成できる。合意に達する前に、まず相互理解から始めるのはリスクコミュニケーションにおいても定石である。今回の1年間の作業を通して、チームとしてのまとまりが出てきたことを実感した。

 この規格化活動で私が気にしているもう1つの重要なポイントは、いまスマートシティーに世界中が注目していることである。

 筆者は今年2月に北海道の下川町で開催された環境未来都市国際フォーラムに招待を受け国際標準化のお話をした。その直前にはジュネーブの国際電気通信連合の標準化部門(ITU-T)でスマートシティー関連の標準化検討会を立ち上げることが決まり、私が講演を依頼された。そして、IECにおいても、上層委員会(SMB)でスマートシティーの議題が取り上げられた。さらに、全欧州レベルの規格団体CEN/CENELECではスマートシティー規格のコーディネーショングループが昨年から立ち上がっており、その担当者と3月に話してきたばかりである。

 各国の政府や国際標準化団体は競って「スマートシティー」を取り上げつつある。ほとんどの場合、狙いは都市そのものではなくて、やはり「インフラ」だ。先に述べたBusiness Relevanceである。幸いにしてISO TC268/SC1が初めてこの分野の規格委員会をスタートしたこともあり、常に声をかけていただいている。しかし、これはあくまで競争である。我々がぼやっとしていると他の団体に次々と規格を作られかねない。

 そこで、「少なくとも2年に1度、できれば毎年、何らかの文書を発行する」ことを議長方針とした。IS(International Standard)という最も格調の高い文書は発行まで3年から4年はかかる。それはそれとして当然狙うとしても、中間成果としてTR (Technical Report)やTS(Technical Specification)という短納期の文書を発行し、つねに我々が世界をリードする状態を作っておきたいのである。

日本が仕掛ける国際標準

 さて、話は変わるが、スマートシティーとは別に、現在少なくとも5つの新しい国際標準化分野で、筆者は日本チームの仕掛け人あるいはアドバイザーをしている。その具体的な中身を現段階で明かすわけにはいかないが、後日談はいずれご紹介したいと思う。成功するか失敗するかにかかわらず、得られる経験は読者の皆様にもきっとよい参考になると思うのである。

 筆者がこのような活動をすることが可能なのは、所属する会社のビジネスポートフォリオが極めて広く、これらの活動分野でビジネスを拡大する方針を明確に持っており、国際標準化がそのために役立つからにほかならない。現に、よく他社の方から、「うちの会社だったら貴方のような方に給料を出すことは不可能だろう」といわれることがしばしばである。

 一方で、実は自社の利益のためだけに努力しているわけでもないということも本音である。自社のビジネス支援が本務でありながらも、CSR(社会的責任)活動の一環として環境保全活動を担う部門にいることがその一因だが、社会全体、とりわけ日本の社会の将来に貢献したいと思っている。前回のグローバル人材の議論にも通じるものである。

 ご存じのように今、日本では若者の就職がきわめて困難になってきている。1つの要因は前回述べたように、企業が日本人よりも外国人を雇う傾向が顕在化しているからである。よほど優秀な人は別として、過去の良き時代に較べれば、今は日本の若者が日本の企業に雇われることは難しい。

 しかも日本の経済規模は既に中国に抜かれ、世界第3位に落ちてしまった。人口も減少傾向であり、国内市場のコンスタントな拡大は期待できない状況である。つまり仕事そのものが少なくなってきている。

 このような状況でこれからの若者はどうやって生きていったらよいのかを、我々中高年は常に考えざるを得ない。私の答えは、日本にこだわらないことである。日本の企業が外国人を雇うならば、外国の企業は日本人を雇ってくれて不思議はない。もちろん国内の外資系企業という手もある。しかし、日本企業の海外進出が活発化していることにも着目したい。

 「国内大手企業が事業を海外展開しているが、結局ローカル人材を登用して日本人の働く場はないのではないか?」という反論もよく耳にする。これはその通りである。そうではなくて、日本の若者が活躍できる新しい事業を外国に増やすのである。これは「世界ガラパゴス化」と言ってもよいだろう。日本だけが特殊な社会で、ほかでは成立しないビジネスがたくさんあると言われる。しかし本当にそうだろうか?

 一度日本に来て住み慣れてしまうと、母国に戻りたくないという外国人がたくさんいる。私自身も毎年20回を超える海外での滞在を通して、日本独自の社会制度や文化に根差した、きめ細かく高度なサービスの素晴らしさを実感している。これは新しいチャンスととらえるべきではないのか?

世界中が快適な社会に標準化されつつある

 そして私のできることは何かというと、「国際標準」とそれに伴う「行政へのロビー活動」なのである。国際標準は前回述べたように、個別の製品仕様や技術の規格ではなくて、優れた製品や技術を活かすための社会制度や社会的課題そのものを扱うようになってきている。つまり世界中が快適な社会に標準化されようとしている。

 典型的な一例は、ISO TC 260(人材管理)である。これはアメリカが提案して主導している国際標準化活動だが、アメリカ社会における優れた人材を海外で雇用促進する狙いが見て取れる(筆者の個人的見解にすぎないが)。

 世界に比較して、ユニークな日本社会の良さはたくさんあり、それを支える仕事がある。この仕事を直接海外に持っていくのは、今は難しい。外国の社会が日本と違いすぎ、市場が受け入れてくれないからである。しかし、国際標準によって世界に日本の優れた社会制度や価値観を普及することができれば、それを担う産業を海外に興し、指導的な役割で日本人が活躍できるだろう。

 現在でも、たとえ国際標準が無くても、日本独自の優れたサービスを海外に展開する成功事例は少しずつ出てきている。国際標準の力をつかえば、更なる加速が期待できる。

 もちろんこれは日本に限ったことではない。どの国も優れた独自のサービスを国際標準にすれば世界に恩恵を与えることができる。しかし、とりわけ日本における「いわゆる標準化」の取り組みにはこのような視点が欠けていると思える。

 個別の製品仕様や技術の規格に比較すると、社会制度やサービス規格の提案に対する理解が得られにくいのが実情だ。この欠けている重要な分野を、私は微力ながら粘り強く国内関係者を説得し、推進していきたいと考えている。

日経ビジネスオンライン


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